インクルーシブ教育・後編(今、思うこと)

自分の初任のクラスを思い出した。小学3年生で、学習障害(識字)1 名、ADHD (注意欠陥・多動性障害)2 名、ASD (自閉症スペクトラム症)2 名、家庭環境問題( DV から逃れて身を隠して生活)1 名の子どもたちが、35名学級の中にいた。あれは、ナチュラルなインクルーシブ学級だったのか。

隣のクラスも情緒系の子どもが7、8名いた。人数の少ない方を初任の私が持つことになったのだけど、それはそれは、無茶苦茶だった。特性を持つであろう子どもの 6 名中、診断を受けているのはADHAとASDの2名。それ以外は、明らかな特性があるけれど、親が診断を放棄して小学3年生まできてしまった。字が全く読めないのに、教室にいるのは苦痛だよね。でも親は無関心。

自らも発達障害をもつと自己紹介をされる、元小学校教員の前田智行さん、現在は児童支援をされている。彼曰く「特性を持つ子どもが居心地がいいのは「分けられた空間」」だそう。同じような特性をもつ子どもがいる日本の「特別支援学級」は、とてもいい制度で、「無理にインクルーシブ教育を進めない方が良い」という意見を話されている。

ASDの子どもを育てる友人が、わが子のことを「かわいそう」だと言う。初めて聞いたときは、とてもショックだった。「なぜそんなふうに言うの?」と聞きそうになって、慌てて抑えた。たぶん、何気なく言っている言葉なんだろうけれど、親としてわが子の一生を見据えた、正直な気持ちなんだと思う。きっと子ども本人は、自分の世界で楽しく過ごしているはず。

インクルーシブ教育は、誰のための政策なんだろう。取り入れるに値する政策なのかな。「インクルーシブ」の言葉は、「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」から来てきて、「あらゆる人が排除されない社会」だそう。

精神科医の益田裕介さんのが2022年9月9日のニュースをもとに、「日本の人権」について話される動画が興味深かった。日本が国連と「障害者権利条約」を結んでから8年目の今年、国連の初審査を受けたそう。「分離教育」と「精神科の長期入院が多いこと」の2点を指摘され「分離教育」については、「わけて教育するのは人権侵害ではないか」、また「その数が多すぎるのではないか」と。

これについて増田裕介さんは、ご自身で調べて解説されていた。通級で可能な限り、普通学級に在籍できる子どもを増やす努力をしていて、インクルーシブ教育を目指している。また、視聴者からのコメントも読み上げ、「混ざるほうが大変。トラブルが増えて双方が辛い。」「障害があるのに、他の子と同じようにできないと怒られるので、それが偏見、差別につながるのでは。」と。

文科省は、国連のきれいごとを真に受けないで、現実を確認して審議してほしい。常任理事国ではない、立場の弱い国だから、指摘されたところを対応しないと多額の上納金?(分担金)があるのかな?解決できない紛争から目をそらすためかな、といろいろ勘ぐってしまう。

教育の場で言うと、当事者、保護者、他人(教員など)の三者三様の意見に分かれる。当事者は「分離教室が過ごしやすい」。保護者は「わが子を他の子どもと同じように育てたい(差別しないで)」。教員は「子どもの特性に合った環境が必要」。三者の思惑を尊重して、統合するのは難しい。

これから、公教育のかたちが変わると言われている。少し時間はかかるだろうけど、全員が画一的な授業を受けるスタイルが無くなっていくだろうと。変わらないといけない時が来ているんだろうね。これまでも教育は、社会と乖離していたから。

パンデミックの影響も大きかっただろうけど、不登校も要因のひとつに挙げられる。日本の小・中学校の不登校の児童生徒が19万人を超えた(文科省,2020)という。小学校全体の 1.0%、中学校全体の 4.1 % 、この中には、学校で過ごす時間が無駄という「積極的不登校」も含まれている。みんなが同じことを学習して、得手不得手に関係なく優劣がつけられて、それにどんな意味があるのか、ギモンだよね。

インクルーシブ教育、あらゆる人が排除されない教育かぁ。みんなが同じ教育を受けなくてよくなるなら、障害児も包摂されることになる。 1 人 1 台タブレットの GIGAスクール構想、うまくいくといいな。タブレットで学習しながら、AI が学習者の傾向を解析して、必要な学習を提示してくことが可能になる。そしたら、教員いらなくなるね。

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