日本で、インクルーシブ教育が 2012 年に政策として導入されたけど見渡す限り、特にそのような取り組みは見られない気がする。画期的な取り組みのようで、実は曖昧と言われるインクルーシブ教育。
日本の障害児教育は、イギリスの制度を導入している(有松玲, 2013)。「特別支援教育(ニーズ教育)」は、医療的診断を受けた子どもの特性(ニーズ)に合わせた環境や学習内容を準備し、教育を行う。また、「インクルーシブ教育」は、障害の有無にかかわらず同じ教室で過ごすことを目的としている。
イギリスでは、特別支援教育の限界を補完するために、インクルーシブ教育が取り入れられ(2001)、障害児教育の混乱と矛盾を一層拡大したと言われている(ウォーノック,2005)。
オーストラリアでは、インクルーシブ教育が政策に盛り込まれ(2005)、実践されていると聞いて、様子を知りたいと思っていた。インクルーシブ教育とは、具体的には特別支援学級を無くして、そこに在籍していた子どもたちが、普通学級で一緒に学ぶ。これは「誰のため」なのかが重要なポイントだと思う。
支援が必要と診断された子どもが、普通学級で一緒に授業を受けるのは、大変なことが想像できる。1 クラスに支援の必要な子どもが複数在籍するのは、現実問題難しい。発達障害児は、全体の 6.5% と言われるけれどもう少し高い実感がある。例えば 25 名のクラスに3 名いるとすると、22 名が受けたい授業が度々中断して、集中できない。たとえその 3 名に支援員がついたとしても。
だとすると、ひとクラスに1 名ないし 2 名在籍するのが現実的な気がする。それで、支援員が各児童につくとすれば、すごい人件費。オーストラリアなら潤沢にあるのかな、と思ってしまう。特別支援学級だと、教員 1 名が複数名担当するのが一般的。
実際に教員に聞いてみると、インクルーシブ教育は名ばかりで「あれは失敗。」という意見をよく聞く。支援員がつく子どもは稀で、授業担当教員がが面倒を見ているそう。クラスの教材とは別に、支援の必要な子どもの教材を準備をする。クラスの授業をしながら、全く違うことをする子どもの面倒も見る。
例えば、クラスが学習する中、ひとりで靴紐を結ぶ練習している子どもがいて、それができるようになったら、次のステップを準備する。じっと座っている子どもばかりではないので、調子が良くないときは、その子に手が取られて他の子どもの授業ができない。「財政支援が足りていないのに、惰性でやっている政策ね。」(私が聞いた数名の意見)と。
「インクルーシブ教育・後編」へ続く。