入学手続きをなんとか間に合わせて、初日のオリエンテーションに入れた。なんと大きな大学。グループエイトという、オーストラリアの有名国立大、8 大学の中のひとつ。カフェ、レストランに加えて、パブがあり、自転車屋、歯科もある。大学内の図書館は全て24時間開いている。
大学を移動して、1 ヶ月ほどしてロックダウンになり、オンライン授業が始まる。なんとなく友達ができた頃だった。オンライン授業を一緒に図書館で受けたり、静まり返った街に出かけたりして気を紛らしていた。しばらくして、多くの留学生が帰国した。ロックダウン中は、度重なる「先行きの見えない不安」に襲われることになる。今となっては、過去のことなので気を取り直して、大学の話。
学生の層が違う。大人の学生で言うと、UAEなど中東からの国費留学生、アジアの国々の国家公務員の国費留学。もちろん、ここにもちゅうごくからの学生がたくさん。学内の学生4万人中、40%がちゅうごく人と言われている。そのため、オーストラリア中の大学は、COVIDで2年間、留学生が入ってこなくて大打撃。失業した教員たちも数知れず。
大学の周りは住宅地になっていて、ロックダウンが始まって、たくさんの住宅に「売り」の看板が立てられた。しばらくすると「売れました」のステッカーが貼られていく。
ちゅうごく人たちが買い占めているよう。彼らの金銭的持久力はすごい。多くの人(多分オージー)は、今週の収入が入らなくなると、物件を手放すのに、ちゅうごく人は今、家賃が入らなくても、ロックダウンの先を見越して、買い占めておく。財力が違う。
大学の学生寮は、週$400 以上したので、大学の近所のフラットを探した。クインズランダーとよばれる家には住みたくなかったので、今どきの建物の家に決める。週$185 。学生だけが住むフラット。フラット内の国籍は、ベトナム、マレーシア、ブラジル、日本。みんな勉強に明け暮れていた。
クインズランダーとは建築方法で、古い家に多く、涼しくするために、風通しの良い校倉造り(”あぜくらづくり”って調べた、正倉院のアレ。)で建てられている。家の 1 階はガレージや倉庫、洗濯スペースに使われ、住まいはその上につくられる。1 階は万年日陰で、ジメジメしていそうな上に家があると、日本人の私の想像では、そこからなにかが発生していそう。この州は年中乾燥しているので、ジメジメする事はないと思うけれど。
ロックダウンになって、フラットメイト6人、全員が在宅でオンライン授業。在宅になってから、みんなでヨガをしたり、食事を作ったり、映画を見たりした。みんな不安で仕方なかったんだと思う。
COVID中は、大学から食料の支援があった。いろんな企業からの協賛なのか、毎週$50 ほどの食料品や日用品と、調理済みで冷凍されたシチューやカレー、ローストチキンやビーフなどが届いた。他の大学(クループエイト)の友人に聞いても学生への支援はほぼ無かったそう。大学なのか州なのか、どこが支援してくれていたのか、わからないけれど、感謝。
学費は、アメリカやカナダの大学と比べると低い。それでも年間300-400万円必要だけど。世界ランキング47位、国内5位。COVID-19の医薬開発(アストラゼネカ社にオックスフォードと共に)にも貢献していた。イギリスやアメリカの大学の知名度に比べると知られていないけれど、大学としては他国の有名大と遜色ない。と思う。
大学が大きいからか、スタッフのフレンドリーさは皆無。そんなことをしなくても学生が集まるから。人間とは、そんなものよね。ちょっとしたした教員なんかは、UQ(University of Queensland) を卒業したことを口にする、誰も聞いていないのに。卒業した大学がステイタスなんだろうね。
そしてヒエラルキーについて意識させられたのは、ここ。世の中の差別を生み出しているのは、上にいけない中間層の人たちなのかも。自分より下をつくることで安心を感じたいのかな。東洋思想との違いを感じた。東洋にも差別はあるけれど、ヒエラルキーを強く感じることは、私は、無かった。
「UQにいる」と言ったときの相手の反応が、前大学のときとは全く違った。もうそれは明らかだった。たかが大学、と思っていたけれど、人の反応がこんなに違うものなんだ、と心の中で思った。肩書きが好きな人、多いね。
もしかすると、東洋思想のおかげでヒエラルキーを感じなかったのではなく、ただ、私が知らなかった世界なのかも。日本の駅弁大学では感じようがない世界、と最近になって思う。そんなこと知らないまま、ぬくぬくしていたかったけど、余計なことを知ってしまったのかも。