安定の中で見つけた「心躍ること」

安定した場所に長くいると、代わり映えのしない毎日が退屈で息が詰まりそうになる。「知らないことを知ることは、心が躍る。」新しい発見にワクワクすることが、生きていることを感じられる。

安定(=給与)を求めて会社勤めをしていると、新しい発見をすることはなかなか難しい。太陽の出ている、私にとって1 日のうちで一番良い時間を高層ビルに閉じ込められて過ごす。自分自身の神経をそこに使ってしまって、太陽が傾く、自分の時間が始まる頃には、自分のコンディションも朝ほど万全じゃない。

安定って、本当に良いものなのかな?できあがったシステムの中になんの疑いもなく身を置くけれど、精神衛生上よくない気がする。ないものねだりを言っているようだけど「心躍る」ことを渇望していた。そんなとき、出会ったのが大学のサテライトキャンパス。

日本の少子化対策は大学でも行われていて、学生数が減少する中、郊外になる大学が、大人が通えるように街中にキャンパスを設けるところが増えている。そうやって学費を回収しないと大学も存続できない。日本の大学は18 歳から22 歳の人が行くところって、決まってるからね。

私の興味は「教育学」。子どもの頃からの疑問、「どうして勉強しないといけないの?」を知りたかった。大人になって、それを強く思い知らされるのは、国外に出たとき。いつも自分の考えや意見を言えない。圧倒的に知らないことが多い。

「なんで、議論に参加できない?」「なんで、自分の意見が言えない?」それだけの知識がないから。そんなこと言っても、日本では、高等学校への進学率 99 %、大学進学率 55 %(世界比で見ると49 位と低くてびっくり、もっと高いと思った)。なぜ知識がないの?来る日も来る日も座っていた、あの時間はなんだったの?

そこから「教育とは何か」に取り憑かれていく。

先進国というところで生まれ育ったと思っていたけれど、教育は先進国なんかではなく、第三国。内容も体制も。国が次世代(子ども)を大事にするという観念がないから、GDPの中の教育費の割合が先進国(OECD加盟国38か国)の中で最下位。国の未来を考えるなんてことは一切してこなかった。今後も変わらないよね。

「自分の人生、国に頼らないで自分でなんとかして下さい。」と政治家が言うなんて、日本は、国としてもう終わっている。今も昔も「日本」という幻想の中にいて、誰かの言葉でつくられた実態のないものを勝手に信じているだけなんだよね、私。今のところ、「このまま行く」以外の方法を思いつかないので、とりあえず、このまま行こう。

さて、話は「大学」に戻って。研究者(大学の先生)の授業は本当におもしろい。まさに「心が躍る」。時間の許す限り、興味のある授業を受講した。1 年目は、本業(論文)よりそちらに力が入った。どんどん世界が広がった。世の中の見方が変わる。専攻は教育学の教育哲学だった。

修士で初めて哲学に取り組むので、基礎的な部分がほぼ無かった。哲学、宗教、西洋の歴史などの授業を受講し、文献を読みあさった。この頃には、「心躍る」というよりは、ずっとそのことばかりを考えて、「夢中」になっていた。

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