自分で選んだ山

仕事のあと授業に出て、終わったら大学の図書館で論文のための文献収集。そんな毎日を送るようになった。自分を忘れて夢中になれることを探していたんだと思う。少しずつ、論文の苦しさに気づいていく。自分でやると決めたから、どんなに大変でも力を尽くす。

先日、若新雄純さんが Youtube 日経テレ東大で、自分を強く意識しすぎると、生きるのがしんどくなると言っていたのは、こういうことなのかな。自分に注目するのではなく、我を忘れて夢中になることがあると、余計なことは考えない。

なんの試練なのか、担当教員からのアカデミック・ハラスメントもきつかった。それでも周りの人に支えられながら、なんとか乗り越えた。一時、アカハラが酷すぎて「これ以上になるようであれば、論文をやめます。」と担当教員に伝えた。そのあと、ほんの少しアカハラの勢いが弱まった気がした。担当の学生が途中でやめることは、自分の業績に関わるらしい。

その教員について、相談していた周りの人や専攻長から、「ようやくここまで来た論文を、絶対にやめると言ったらダメ。」と止められたけど、冷静な判断力を失うほど精神的にかなりきていた。最終章の仕上げの段階だった。

臨床心理専攻の教員に「こんな特性の人にはどう対応するのか」と相談した。教育学専攻にいながら、教育実践がわからない、コミュニケーションに難ありの教員、残念だけど大学教員には多いらしい。自分の達成のためには、スルーしておこう。とにかく修士課程修了の媒介者ってことで。

他専攻の学生がアカハラを大学に申し出て、その教員は処分を受けていた。それを見て、そこまでしなくてよかったと思った。相手の人生を狂わせるようなことをしてまで、相手に関わりたくない。自分のプライドに傷がつく。相手にそこまでの価値はない。人生で変な人が現れたら、とにかく関わらない。

論文の担当教員は、密なつながりを持つので、それが難しいけれど。極力自分の手を下さない。この経験は、いつかの教訓になると信じて。

最後の仕上げの 1 ヶ月ほどは、ほぼ寝ないで書いた。大学のキャンパスだと、研究室に泊まり込んで書くらしいけど、サテライトキャンパスでは、図書館が閉まったあとは、近所の24時間のファミレスにこもる。

提出日の数日前から有給を取って、前日には、私より半年先に修了した仲間が仕事を終えて、ファミレスで朦朧となる私を手伝ってくれた。提出締め切りの日、製本を終えて無事、提出。そして 2 度の口頭諮問を受けて、修士課程修了。自分の全てをかけて打ち込んだ達成感。

世界が違って見えた。

Youtube番組( x Talk )で、落合陽一さんがある文脈の中で、新しい研究をするときについて、「この研究はジャンキーになるんだよね」、「続けると気持ち良くなっちゃうから、どんどん気持ちいい方に行こうぜと思う」と表現していた。研究ってそういう世界なのね。

有名研究者4 人の対談で、その言葉が出てきたのは、「不安がない=中年の危機なのでは?」というトピックだった。落合さんは、「この先、どうなるんだろう」という不安やドキドキを失って久しいらしい。私は、割といつでもそうだけどな。

苦しくて大変だったけれど、また次の山に登りたくなる。まだ、はっきり見えていなけれど、必ず、次の山に登る。次の山があることを知ってしまったからね。

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