部屋を借りていた同じ敷地内にアメリカ人女性が住んでいて、「今度の週末、よければ教会に行こう。」と誘われ、一緒に行くことに。車はサンミゲルの町を出て、近くの町に入って行った。砂埃を立てながら。車が入ることがない町なのか、徐行する車に子どもたちが駆け寄ってきた。
見る限りの、この町の家屋はサンミゲルとは違って、粗末な建物だった。道路も舗装されていない。そして教会と言われるゲートの中に入ると、そこは孤児院だった。5 、6歳から15歳くらいまでの15人ほどの子どもたちが出迎えてくれた。
中でも気になったのが中学生くらいの一人の女の子。一緒に行ったアメリカ人女性に抱きついて離れない。二人は同じくらいの身長で、それは、挨拶のハグとは違っていた。小さな子どもがやるように、私を抱っこしてと言わんばかりに、彼女から離れなかった。アメリカ人女性はそばにあった椅子に腰掛けて、しばらく女の子を膝に乗せて抱っこしていた。中には片目を失っている子どももいた。
彼らが、共同生活をする部屋を通って、中庭へ。そこでしばらく遊んで、その日は帰った。
あとで聞くと、メキシコは宗教上、中絶が禁止されていて、教育を十分に受けていない子どもたちが、子どもを産んで、育てられなくて捨てるらしい。メキシコシティーで見た、真夜中に外で遊んでいた小さな子どもたち、そういう訳だったんだ。
片目を失った子どもは、親の暴力によるもので、他にも虐待を受けて治療が必要な子どもたちがいるけれど、教会に十分なお金がなくて、子どもたちは、医者にかかることができない。それで、アメリカ人女性が自国から医者を呼んで、子どもたちを見てもらっているらしい。今回は、先日治療した子どもの様子を見に行ったそう。
初めて見た「貧困」。
それは、なにも感じなくなっていた、私の心を大きく動かした。
メキシコに来る前、靄(もや)のかかった私の視界が、メキシコの陽気な人々、カラフルな街や芸術、マリアッチの素敵な音楽、おいしい食事で、少しずつ晴れてきている気がしていた。
でも、そんな表面上の一時的な感情では動きもしなかった、自分の奥にある「鬱っぽい気分」を根底から揺るがす出来事だった。私の場合のそれは、贅沢病だと目覚めるきっかになった。「生きる」ってなんなんだろう。