「大人が生きている世界は不安がなくなることはない」し、「大人は不安を解決し続ける世界で生きている。」精神科医 Youtuber の益田裕介さんの言葉。
高校生の悩み相談の動画の中に出てくる。子どもの頃(思春期に入る前)は、原則食事も愛情も与えられて、不自由のない世界にいる。思春期を境に、”知恵の実を食べてしまった”大人の世界は、誰かから何かを与えられることは二度となくて、自分と他者と社会の中で生活し、生きるための問題を解決し続ける、と。
どうやって生きたって、たぶん「大人の生きる世界」の本質は同じなんだろうね。レールに乗っているという幻想の中で、人生を歩んでも「不安や問題は尽きない」だろうし、自分の好奇心に任せて生きていても、不安も問題も尽きない。「不安の無い人生は無い」ってことをわかって過ごすと、少しは気分が楽になる。
今回のオーストラリア滞在は、4年にも及ぶ人生の休暇。自分と向き合う時間だった気がする。強制的に、自分に向き合わざるをえなかった。今までも向き合ってきたけど、さらに深く。N.Z.で人生のターニングポイントがあったように、今回もきっと、そうなのかな。
N.Z.で、新しい世界や価値観と出会い、それまで疑いつつも信じていた私の価値観が完全に崩れ去った。帰国して、元いた場所に戻るのだけど、一年前の自分とは変わってしまった自分自身を受け止めきれなかった。
日本に降り立って、迎えに来てくれた家族との再会。うれしかったけど、自分がなんだか膜に覆われているようで、身体中の感覚が無い、さらには感情も無い、不思議な感じだった。なにも、なにも感じない。
我が家の一般的な日本車が高級車に見えて、乗り込んだ車のシートはふかふかで、窓から見える景色は、建物が密集していて、その中をきれいな線の高速道路が通っていて、傷ひとつないピカピカの車が完璧な車間で、音もなく走っている。
日本に戻ってしばらく、そんなギャップに苦しみ、抜け殻状態で自分の部屋にずっと座っていた。あれを鬱というのかな。毎日、太陽が東から西へ動くのを自分の部屋で感じていた。家族が部屋にTVを買ってきてくれたのを覚えている。家族から見ても相当異様だったに違いない。
その頃からアメリカドラマを観るようになった。少しずつでも自分を取り戻そうと、出かけるようになり、アメリカ人の友人ができて、コミュニティーに入り、彼らと時間を過ごすようになった。アメリカ合衆国も旅した。N.Z.の経験でアウトドア人間に生まれ変わった私は、自転車、クライミング、キャンプといろんな活動を楽しんだ。
思い起こせば、この時期、友人たちとの毎日が楽しかった。彼らは、日本という国で規格外のことをするから。だけど自分の中に、何かにもがく、もう一人の私がいた。
いろんな冒険家や登山家の本を読んだ。空っぽの自分を埋めるかのように。
そしてこの頃、吹きガラスを始めた。N.Z. に出かける前、アウトドア人間になる前は「芸術」、自然とは反対の位置にある、「人工物」が私の興味の対象だった。夢中になれるものに出会いたかったのかな、今思えば。
こうしている間も N.Z. で知り合った人たちとの再会は、ほっとする時間だった。N.Z. のあと、日本の中を旅する人が多かった。みんなすぐには、次の生活には馴染めないんだろうね。だけど、なんとかして皆、自分に折り合いをつけていく。
今振り返れば、その頃やっていたことで、ずっと続けているものは特にない。旅くらいかな。
自分との妥協点を今いる場所で見つけられなかった私は、メキシコに行くことにした。その頃、気に入っていた小さな放送局の旅番組で見た芸術の街、サンミゲール・デ・アジェンデへ。