20代の頃に行った N.Z. (New Zealand)ワーホリで出会った人々や経験は、その後の私の人生に大きな影響を与えた。仕事を辞めてやってきたワーホリの人たちはみんな、個性的でおもしろかった。さらに、興味を引いたのは、山を歩きに来ている冒険家や登山家たち。「自分に挑戦する人たち」に出会った。
人生で、初めて自由の身になった感じがした私は、あと先考えずにホリデーを満喫した。この経験で、「自分の人生が周りと違っても大丈夫」、「誰かの言うこと(世間体)なんか気にしなくていい」ってことを体感した。人生に疲れたら長期休暇をとる、それでも人生いけるってことを知り、転職の合間に長期のホリデーを取るようになった。今回のオーストラリアに至っては、4 年にも及ぶホリデー。
1ヶ月ほど街で滞在した後、まずは、南島の旅。素晴らしいトレッキングルートがたくさんある。山を4、5泊くらいで縦走するルートが人気で、もっと長いルートや、カヤックを含むルートもあって、食料も水もガスも寝袋も自分で使うものは、全て自分で背負って歩く。その頃は、まだまだ N.Z. 初心者だったので、長いトレッキングルートには入らなかった。靴に土が着くのも嫌なくらいだったからね。というのも、旅を始めてから「N.Z.の旅=山歩きの旅」ということを知ったから。
それでも、宿で出会う人々が刺激的だった。旅は、皆同じくらいのペースで移動するので、次の土地でも同じ宿に泊まり、昼間はトレッキング、夜は夕食を一緒に作って、寝るのも忘れて、ずっとおしゃべり。そこで出会うのが、冒険家や登山家、そして人生を自由に生きている人たち。こんなふうに生きている人たちと初めて会うので、どうやって生活しているの?と興味津々だった。
それまでの私の人生は、よくわからないまま周りと同じように生きて、いざ就職してみて、はっとした。「まさか、これで人生終わりなの?」と疑問が止まらなかった。「私の人生、なんにもおもしろいことがなかったけど」と思っていた。「このレールをそのまま行けば大丈夫」と思い込まされている、受け身で、半分あきらめの人生だったから。でも、彼らに出会って「人生これから始まるのね」と、ほっとした。
南島の旅は、心身ともに、私を格段にたくましくさせた。もちろんトレッキングもキャンプもこなし、一丁前のバックパッカーになっていた。
北島へは、絶景のフィヨルドの中をフェリーで。北島もまた、大自然のアドベンチャー。いっぱい遊んで、いっぱい出会って、いっぱい笑う。
そして、友人をオークランドから見送って、私はオーストラリアへ。東海岸の旅を満喫した。大好きな海。約1ヶ月間、一緒に旅することになる友に出会って、いろんなビーチをまったりしたり、島に渡ってキャンプをしたり。そして、ダイビングのメッカ、憧れのグレートバリアリーフ。南半球、大好き!!
オーストラリアから戻って、南島で住んでみたいと思った町の宿に連絡すると、仕事あるよ、と。本当に小さな町で、メイン通り500メートルくらい。そこは Mt. Cook の氷河の雪解け水が流れ込む、青い湖があって、その前にある YHA で働きたかったの。最初の旅で一目惚れした宿と湖。
ここのリビングの大きな窓の素敵な景色。暖炉の前で過ごす至福の時間。トレッキングガイドをしたり、薪割りをしたり、みんなで寝袋を並べて、流れ星を見ながら眠ったり。周りになにも無い広い場所に立つと、星ってこんなにたくさんあるの?!と、最初は感動して涙が出た。見上げた空の半球全てが、隙間が無いほど星で埋め尽くされている。大自然の中のちっぽけな私だった。ピッキングの始まる夏までは、ここにいよう。
そこで出会う旅人も、その頃の私からすると一風変わっていて、魅力的だった。山男、山女は、山から降りてくるとおおらかで、人生観や社会の見方が興味深かった。生と死の間に張られた綱を渡る、綱渡り人生という感じの、初めて聞く世界で、話を聞くのが本当におもしろかった。自分の人生を躊躇することなく楽しんでいる。こんな人々に出会う経験は、このとき限りだった。街に暮らしていると出会わない。大自然が魅力のN.Z.は、そんな人が集う場所なのかな。
先日、日経テレ東大で、JAXA の野口聡一さんが話していた。「冒険家はそこに生があるから挑戦する。」生と死のせめぎ合いから見えてくる生命線。「危険なのになぜ、そこに行く?」と言われれば、「そこに生があるから。」生きることの喜びを感じられる、と。当時、私が惹きつけられた人々は、まさに、こんな感覚を持っていた。
宇宙の旅では、「生きるためにがんばる」という意識を感じる場面が「打ち上げ」、「船外活動」、「帰還」だそう。「打ち上げ」の成功のためだけに、全てを削ぎ落として、自分の全てはここにあると集中する。エンジンが点火して、燃料が燃えている危険な 8 分間をいかに生き延びるか、そのことだけを考える「幸せ」な時間。
彼はスマートなので「幸せな時間」と表現していたけれど、私だったら擬音語だらけになりそう。ハラハラとか、ドキドキとか。他では味わえない、高揚感なんだろうな。彼の話を聞いていて、ゾクゾクした。
「自分の全てを懸けたハラハラ、ドキドキする感覚」や、「生きるためにがんばる」という意識なんて、普段の生活にはない。しかし、こんな「人生」があることを知ってしまった私に、この後、現実の生活とのギャップを埋めるための、大きな試練とも言える、暗黒の時間が待っていた。