アイデンティティ・クライシス

飲食業の仕事、精神的にきつい。嫌すぎてやりたくない。朝から行きたくないモード。ここで行かなければ、私のオーストラリア滞在は終了する。

今、滞在しているビザは、パンデミックビザ。ホスピタリティーの仕事をするためのビザ。ホスピタリティーってほぼ飲食業。ホスピタリティーは、誰もやりたくない仕事だから、これまでインターナショナルの学生に頼っていた。それがCOVIDでみんな帰国して人材がいなくなり、深刻な人手不足。今いる人だけでも引き留めようと、2021年に新しくできた申請料無料のビザ。

話をもとに戻して、飲食業。

初日で萎えた。汚い!!汚いし、重いし、きつい。

働き始めて2ヶ月ほどは、自分との戦いだった。辞めようと何度も思ったけど、今は、そこをなんとか乗り越えた。初めは、なにが嫌かわからなかった。いや、わかっていたけど、なんて表現していいのか言葉が見つからなかった。そして、嫌って言っていいのかもわからなかった。だってその職業に就いている人がいるから。

飲食業の仕事を嫌だと言ったら職業差別になるので、心の中で叫んでいた。そんなもがき苦しんでいた、ある日、マネージャーAが「こんな仕事だから、仕事に来る人もちゃんとしていない人が多いんだよね。仕事を仕事と思っていない。だからジャパレスは、日本人を雇うんだよ。」

「今、こんな仕事って言った?」そんなふうに言っていいの?この日から私の心の叫びは、堰を切ってしまった。なんとか壊れないよう、保とうとしていたものが勢いよく崩れ落ちた。アイデンティティの崩壊。

嫌だ!こんな仕事したくない!「学生=私」というアイデンティティで、学生生活の足しにするなら、なんだってする。自己投資のためと思える。だけど「この仕事=私」という構図に耐えられない。でも、大学入学に失敗した私が悪い。だから仕方がないけれど。

マネージャーAの言葉で、私の思いが堰を切ったあとは、まだ言葉になっていない感情が溢れ出た。私の気持ちにフィットする言葉を発してくれる人が順番に現れる。私に都合のいい言葉と、気持ちを組み合わせて、バラバラになった感情のピースを組み立てていった。彼らの言葉が私を救ってくれた。

同僚Cが仕事の帰り道に「ここのアイスおすすめだよ。いつも仕事着を脱いで買いに来る。飲食業は、一番下の身分の仕事だからねー。」と高らかに笑いながら。ビジネスを勉強する大学生。

休日ランチ、出会い系アプリで婚活中のDが「プロフィールに飲食業と書いたら、まともな人にはスルーされるんだよね。」日本では、大学病院で栄養士をしていたけれど、肩書きのない自分と葛藤している。

教育機関の元同僚E「目的がないと飲食業はきついよね。人種の幅が広いから、常に信じられないことが起こって、おもしろかったけどね。」海のそばに住んでいて、いつもいいタイミングでうちに泊まりにおいでと誘ってくれる。この日も海辺の素敵なレストランで。

そんな、苦しみのたうち回っているときに、とある教育機関のボスFが突然、電話をくれて「うちにぜひ来てください。」と。このお陰で、跡形もなく崩れ去ったと思っていたアイデンティティが、なんとか細い糸でつなぎ止められている。週に一度の仕事だけど、この日だけは「私」として立っていられる。やっぱりこの道だ、とあらためて感じさせてくれる。私を見つけてくれて、本当に感謝。

毎日、いろんな人が入れ替わり立ち替わり、いろんな言葉を運んでくれる。そんな時、とても近しかった叔父の他界。彼はフリーランスでスタイリストをしていた。生前は一緒に旅をして、世の中のものを見て、感じて、世の中についてたくさん話した。私に大きな影響を与えた一人。COVIDの間どんなことを考えていたんだろう。彼のことは今は、言葉では表しきれないけれど、何も見えなくなっている私を、はっとさせた。

いつも、どん底まで落ち切ったときに現れてくれる、上海の元同僚G「某付属教育機関で働かない?それで大学院に通うの、どう?」「東京で暮らすの?無理だよ。」「オーストラリアで暮らしているなら、東京で住むのなんて簡単よ。」こんな田舎から、あんな人口、情報過多の街で暮らすなんて考えられない。

すでに砕け散っている私に更なる衝撃が加わり、支えきれなくて、消えてしまうんじゃないかと思った。いろんなことがわからなさすぎて、消えてしまいたいと思った。でもこの日から、苦しみながらも「東京」の二文字が頭から離れなくなる。少しずつものごとを俯瞰して見られるようになる。

縁というものを感じ、自分の足跡を振り返るきっかけになる。世の中のすべてが必然だというけれど、苦しい時間が長すぎる、苦しすぎる。でも、こうやって支えたり、導いてくれる人たちが、実は、いるってことが見えないの、そういうときには。

オーストラリアの後、東京で就職した、教育機関の元同僚H。血迷って一時期日本食レストランにいたらしい。「飲食業で一日6時間は、長すぎるー。頭使わない体力仕事は、将来につながらないとわかって働くのが辛い。悶々とする。でも、その悶々とした時間のお陰で日本が楽しいよ。」と勇気をくれた。ここから、ゆっくりだけど回復していきそうな予感。

日本の教育機関にいて、現在はオーストラリアの大学院生 I「付属教育機関、絶対にいい話!オーストラリアの3月の契約が終わってすぐ、東京でウィークリーマンションだね。」楽観的で、軽快に言ってくれる。同じ大学内にいたけれど、今は日本からオンラン授業。「国際関係学」を専攻している。

そして、同僚のブラジリアンJ「レストランは、ジョークだから。日本人は、なんでも真面目に捉えすぎ。」マネージャーAが聞いたらキレると思うけど、そのときの私にとって救いの言葉。私の気持ちを笑いに変えてくれた。

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