日本の誇れない慣習

脳科学者の中野信子さんによると「日本人は、世界でもいじわる行動が突出している」そうで「私が損をしているのだから、お前も損をすべき。」と他人の足を引っ張る(『生贄探し』ヤマザキマリ ,中野信子共著)。

「自分が苦しい思いをしているんだから、この人も苦しい思いをするべき。」というのが日本人の根底にあると言われると、AやBの行動の説明がつく。AやBが一緒に働いたであろう”そんな人”も、それに当たるよね。負の連鎖。自分がいじめられたから、後から入ってきたやつもいじめる。日本の学校、部活や会社など日本の集団は、この感覚が慣習の如く自然発生することが多い。

これにまつわる先輩・後輩文化。私は、先輩とか後輩という言葉が聞こえた瞬間に、相手の声が聞こえなくなる。耳が勝手に蓋をする。「先に生まれたのにデキない人」はたくさんいる。「後に生まれたのにデキる人」もたくさんいる。なぜ年齢が評価基準になるのかがわからない。その発想が不可解。

大人になってもまだ、先輩とか後輩とかいう人がいて、そういう人たちのいじめは、物事の善悪とは別の理解でやっているよね。日本社会の荒波をくぐってきた私は、いつの間にか”そんな人”たちをスルーできるようになった。年季が入った人が相手だったら自信ないけど。

中野信子さんの著書の中にもCOVID期間中のいじわる行動があったけど、COVIDにかかった人の住所や職場を暴く魔女狩りをニュースで見たときは、気分が悪くなった。これを見て、上海のときの同僚たちと、日本の教育がそういう人間をつくっているよね、と話した。学校が異物を排除する文化を生み出している。教育現場で働く者全員がそれを確信しているはず。職員同士ですらやっているくらいだから。人を育てる場所でやっていたら、この慣習を断ち切ることは難しい。

Bは、10年前に26歳で日本を出て、2年間はこちらのカレッジに行ったらしいが、その後、最も働き盛りの時期に同じ日本食レストランで10年間仕事をしている。彼の頭の中は、10年前で日本が止まっている。いじめ、しごき(今でいうパワハラ)のような世界を今でも信じて生きている。もしくは、連鎖の中でそれが当たり前と思い込まされている気の毒な状況か。まぁ、今でもそんなに日本人の性格が変わったとは思わないけれど。

私が今やっている仕事は、頭を使わない体力仕事なので、一緒に働くBなどは、いじめも仕事の一部と思っているのかもしれない。なにかを生み出していく仕事だと、考えること、やることがあって、そんなことに時間を使っている暇はない。そんな職場でも、いじめやパワハラはあるだろうけど。

Bは、この10年間、永住権を取得しようとしなかったらしく、この度日本に帰るらしい。とにかく生きるだけで満足できる人なんだと思う。私とは生き方が違う。と思う。聞いたことはないけれど。Bは、私の人生に関わってすらいない、取るに足りない存在。

少し前、自分自身の問題、アイデンティティ・クライシスが起こっていた。

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