旅の話

職場はちゅうごくの休暇に合わせて、長い休みがたくさんある。正月、春節(旧正月)、国慶節に加えて、夏休み、春休み。休暇には国内外を旅した。ちゅうごく人は旅行好きなので休暇ごとに大移動をする。

特に春節。この休みの期間は毎年10日間前後だけど、ちゅうごくの元旦という最も大切な日で、上海に出稼ぎに来ている人たちが1ヶ月やそれ以上、帰省するので街の人口が減って静かになる。お店が閉まり、タクシーも少ない。その一方で上海へ観光に来る人たちがいて、ランドマークの外灘は、観光客でいつも以上に賑わっている。そんなふうに国民全員が大移動する休暇。

高速鉄道の駅に行くと、旅行の人、帰省の人の往来で動けないほどの混雑。ちゅうごく人の旅行者は、目が痛くなるようなカラフルな衣装を着ている。帰省の人の中には大きな行商袋を頭に乗せて運んでいる人もいる。子どもを故郷に残して仕送りをしている人々が、年に一度家族と過ごす春節。そんなちゅうごくの人々にに混ざって、私たちも大移動。

さて、上海の外に出てみるとちゅうごく国内、誰も見事に英語を話さない。ホテルのレセプションですら。私も見事にちゅうごく語を話さない。日本も状況は同じだけど、ちゅうごくは、ちゅうごく語を話さない相手に対して「こいつら何言ってるの?」「ちゅうごく語を話せないなんて、話にならん。」という態度。ちゅうごくの中だけで経済が成り立つからね。外国語なんて必要ないんだよね。

それでもめげずに旅をした。だって旅はおもしろいから。新しい発見に心躍るから。旅から戻ると、いつも通っていた中医の先生に「ちゅうごく語が話せないのによく旅に行けるね。」と関心される。旅するのは簡単。ただ話せない、理解できないだけ。

旅で、一番気をつけたことは、「邦人2名行方不明」とらないこと。行きたい場所は、外務省のハザードマップでイエローの地域が多かった。でも好奇心は止められない。何かあったときに、おおごとになりそうな場所はやむを得ずツアーに参加した。

手始めに新疆ウイグル自治区。なにかと話題の場所で、興味深かった。ウルムチ、トルファン、カシュガル。イスラム圏なのにちゅうごくというなんとも不思議な場所。モスクがあって、見かける住人も市場も食も文化もイスラムそのもの。だけど看板は漢字のものがたくさんある。地名も漢字が当てられている。その違和感。政治的なことをよく知らなくても何かを感じる。

移動手段はタクシー。バイクの後ろに木製の荷台をつなげたもので、何も敷いていない荷台に直接、腰をおろす。ちなみにロバのタクシーもある。乗らなかったけど。交通量の多い車道をロバは、ちょっと心配。舗装されているはずの道路もガタガタ道なので、振動がすごくて体が飛び跳ねる。この雑な乗り物に、乗っている間じゅう笑いが止まらない。

荷台に直接乗るものもあれば、腰掛け椅子を並べて乗り合いにしているものもある。だけど、ただの荷台なので壁はないから、一番安全そうな場所に乗り込む。どこかにつかまっていないと、振り落とされそう。乗り合い客の女性はスカーフを、男性はウイグルの帽子を被っている。

シルクロードの経由地で、長い歴史の中でトルコやロシアの文化や人々が混ざっていると言われている。大陸の魅力的なところだよね。国境って、ただ地図上に引かれた線。食事もおいしかったけれど、町中で印象的なのが、その場で絞ってくれるきれいな赤いザクロジュース。ちゅうごくのことをより、知るきっかけとなる旅だった。

国慶節にはチベット自治区へ。西寧、青海、拉薩。世界一標高の高い場所を走る列車、青蔵鉄道に乗って最高地5027mを通り、チベットへ。ここは何かが起こってもおかしくない場所で、でもどうしても行きたくてツアーに参加した。チベット仏教の総本山、ポタラ宮。美しいお寺だった。

ガイドは漢族の女性で、侵略の歴史を粛々と話す。日本語で。この不思議な状況を気にしないでおこう。標高が高く、酸素が薄いので平均寿命が短いと言ってたな。

チベットから飛行機で西寧に戻って、そこからツアーを外れて、西安へ。今度はうってかわって、古代ちゅうごくの中心都市で兵馬俑が有名な場所。俑とは古代ちゅうごくで、死者とともに埋葬された人形のこと。1974年に発見されて以来、現在8000体の兵馬俑が確認されているらしく、博物館は圧巻。世界的に有名な場所だけあって、観光客もインターナショナル。西安は、秦始皇帝のお墓があったり、イスラム街があったりする。

ちゅうごくはどこもそうだけど、駅が大きくで立派。駅舎の一番上に漢字2文字で「西安」の駅名を掲げている。ちゅうごくの看板やネオンは赤・青・黄色でできていて、ド派手で目立つ、ちゅうごく独特の様相。でも駅舎の駅名は、どこのを見ても堂々として格好いい。その土地に降り立った!という感動がある。

ちゅうごく滞在中に行った旅について、暇を見つけて少しずつ書いてみようと思う。以下は旅先のメモ。

・ネパール・カトマンズ・ポカラ(元旦にヒマラヤ山脈、アンナプルナからの初日の出)・チトワン国立公園・ルンビニ(釈迦の生誕地)/2015,12月-正月

・大連(WWⅡの日本の足跡を辿る)、丹東(ノースコリアを垣間見る)、瀋陽、長春、ハルピン氷まつり /2016,春節

・洛陽の龍門石窟、少林寺の少林拳 /2016,春休み

・桂林・漓江下り・蘆笛岩 /2016, 端午節

・内モンゴル、呼和浩特、包頭、銀川、蘭州、黄河の川下り /2016,夏休み

・ベトナム・ハノイ /2016,国慶節

・雲南、河口(列車で国境越え)、ベトナム・サパ /2016, 12月-正月

・長沙・西湖楼(世界最大のレストラン)、武陵源、張家界、ガラスの橋 /2107,春節

・昆明、石林、大理、麗江、玉龍雪山(5546m)、香格里拉(シャングリラ) /2017, 春休み

・オーストラリア・パース(インデアン パシフィック号)、アデレード、アリススプリングス、ウルル、ダーウィン、ブルーム /2017,夏休み

・インド・デリー、アグラ、ジャイプール、バラナシ /2017,国慶節

・日本 /2017,12月-正月〜2018(5度日本に戻る)

ちゅうごくはなにせやることが大胆。5000m級の山の中を掘って、長い長いエスカレーターをつけて、ロープウェイで5000mの山の頂上に登れてしまう。5000mの山の上で、短パン、ヒール、ノーメイクというちゅうごくセンス炸裂のギャルが雪に寝そべって、自撮りしている。

何億年とかけてできた、素晴らしい鍾乳洞もちゅうごくセンスのライトアップで、ド派手な七色。大きな岩にバレリーナの演舞が映し出されていて、今までの鍾乳洞のイメージを覆される。自然を守ろうという世界の動きと全く異なる、自分の土地だから何だっていいでしょと我が物顔。

こんな濃いちゅうごく生活を振り返ることなく、オーストラリアにやって来た。そして今は、愛おしきちゅうごく滞在を振り返ったりしながら、自分と向き合う時間。オーストラリアに来て、初めてゆったりした時間を過ごしている。

オーストラリアのロックダウン中に、大学入学のストレスと孤独にやられて、身体中にアレルギー反応が出た。専門医に見てもらったら、免疫機能が強くなりすぎて、自分を攻撃しているという診断だった。上海で一緒だった医療系の同僚に「上海の後、すぐにオーストラリアに行って、体もストレスを抱えきれなかったんじゃない?」と言われて、「確かにね。」今は、今の時間を楽しもう。これからに備えて。旅はまだまだ続くから、きっと。

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