「日本」とは、もはやブランド?後編

「日本」というブランドを持っていて、嫌な気はしない。優越感を感じることすらある。大袈裟ではなく、日本人というだけで回りの人が注目する。そして、私の知らないうちに、私の評価は最初からプラス。例えば、ちゅうごく人ばかりのクラスにポツンと日本人がいたら、見た目は同じでも、先生は日本人を特別扱いする。日本国籍というだけで信頼を得られる。それは、いろんな場所で誠実に暮らした日本の人々のおかげ。

だけど、戸惑うこともある。例えば、家の中の電化製品、全部日本製だよ、と外国人が「日本製品」を褒める。いやな気はしないけれど、自分が作ったわけではないから、なんと答えてよいのやら。消費税の恩恵を受けているのなら、ありがとう?それもヘン。私も日本の製品を信用しているので、すごいでしょ、と自慢してみようか。

また、日本人は部屋をきれいに使うから、日本人限定で借主を探す大家もいる。確かにものを大切に扱うし、きれい好きも多い。それこそ個人差があるのに、日本人というだけで、最初から信頼されている。「ゴミを拾う日本人」、「ルールを守る日本人」の写真のおかげ。

ものごとにはウラとオモテがある

一方で、日本社会は日本人なら感じられる嫌な部分があって、すごくあって、それはもう強烈としか言いようがなくて。社会問題としていろんなことが勃発している。カロウシ(英語になっている)、高い自殺率、いじめなどは、日本のネガティブな側面で有名だけれど、アノ絶賛される「日本のイメージ写真」や「日本製」との関連性は言及されない。

でも、間違いなくそれらは一体になっている。「日本の良いイメージ」は、ありえない労働時間や、ナニソレと言いたくなる先輩後輩文化、相手を尊重しないシゴキ文化(いじめ)、人の目を気にして生きることを強いられる文化などが大きく影響している。歴史の深い国ほど人々は、その文化で育ってこそ分かり得る、たくさんの見えないルールにがんじがらめにされて生きている。

もっとも理解に苦しむことの一つが「本音と建前」や「腹黒」などの言葉に代表される文化。日本では、相手の思っていることを予想して、行動しなければならない、「空気を読む」というルールがある。それで、予想が違ったらどうするんだろうね。言葉があるのに馬鹿馬鹿しい、と思っても言ってはいけない。ややこしくなるから。だからと言って、相手の言葉を真に受けてもいけない。なぜなら、言葉と腹で思っていることが違うから。「本音と建前」ってやつ。

だから、自分を守るために、自分の個は出さない。かなり複雑な日本人、日本社会、日本文化。挙げ句の果てに、給与は人間関係の我慢料で、我慢料をもらっているなら我慢して働けというアドバイス?まで出る始末。給与は、仕事の対価ではないらしい。だから、いろんな国に追い越されていく。でもまぁ、それも日本。

本当に先進国なのかな

外国の人は日本が先進国と思っている。確かにモノが豊富で、技術やシステムの発達していて快適で暮らしやすい。それは誠実で勤勉な人々のおかげ。でも、国民と権力者の間には大きな隔たりがあって、政治家の汚職は当然で、国民が世界に誇れる技術を開発しても、既得権益のために自国に導入出来ない、国民の力を国が生かしきれない。官と民は一緒に動いていない。そして、権力者だけがおいしい思いをするという、どこかで読んだ途上国の話を思い出す。

本当に先進国なの?国民の新しいものを生み出す力や、改良のために研究を重ねる姿勢はどこよりも絶対に優っている。だけど、権力者が国民から集めたお金を使い込むことに夢中で、国民のことなど眼中にない。そして、君、使い込んだじゃないか!という茶番が、日本では国会というらしい。茶番をすれば、国民は黙ると思っていて、そのまま無かったことになる。

民間だと、ソレお縄です、ということもまかり通る不思議な構造。揉み消したいことが出てくると解散。人が変わっても同じことを繰り返す。子供の頃から見慣れた光景で、介護度が出そうな人ばかりで失言を重ねて、そんな人たちがやっている政治?(と呼べるのか分からないけど)、選挙に行かないと非難されるというのも不思議。

それ、メディア操作されているよ、メディアがそういう場面だけを流しているんだよ、と言われるのも嫌なので、どうせ投票に行くなら立候補者演説でもと、聞いてみるけど、彼らも自分で何を言っているのか分かっていな様子。運よく当選したら、あとは会議で寝るだけ。ネットショッピングと。

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