クラスで、宗教論争

週が明けて学校へ。国際色豊かだった。クラスメイトはフランス、スペイン、ブラジル、トルコ、イスラエル、イラン、ウズベキスタン、日本など。そして、先生はチェコ、ハンガリー、南アフリカ、もちろんイギリス。アジア人のいない学校だった。日本の学校と違うのは、クラスに入った途端、人と人の間に壁が無い。みんな、ずっと知り合いだったかのように話す。

クラスメイトとはすぐに仲良くなり、学校の帰りに寄り道したり、食事をしたりするけれど、午前中の授業が終わると、ほとんどの学生は仕事に行く。もぐりの仕事なので、クリーナーやベッドメイキングがほとんどらしい。

ある日、トルコの学生が授業中、私に宗教はなんだと聞いてきた。その頃の私は宗教について知識がほとんどなく、宗教は持っていないと答えたら、そこから彼に火がついた。宗教がないとはなんてこと!きっと、私の答えを分かっていて、聞いたのだと思うけど。そしたら、ライトなクリスチャンたちが信仰は自由だと反論したけど、そんなことでは収まらず。

南米や中東の学生は宗教色が強そうだから、仕方ないけれど、神なんて信じていなさそうな輩が、神を信じることはいいことだね、とトルコの学生に加担する始末。先生は、その様子を眺めるばかり。彼の白熱ぶりとクラスの混乱に私はついていけず、ぽかんとしていたら、ウズベキスタンの学生が、日本はね、と話し出した。

アニミズムといって、日照りで作物ができないときは、空に雨乞いをし、漁のときは海に安全を祈り、山に行けば山に安全を祈る。森には木の神がいて、太陽にも岩にも神が宿るので、人々はそれらに祈って、感謝する。宗教にはいろいろあるんだよ、と。私は、聞き惚れてしまった。確かにそうだけど、そんなこと考えたこともなかった。すごい、ありがとう。トルコの学生は、静かになった。

その日の学校の帰り道、どこからか私を呼ぶ声。ケバブを売るフードトラックから先ほどのトルコの学生が手を振っている。呼ばれて行ったら、ケバブをくれた。さっきのことは無かったかのようにフレンドリーな様子。一緒に帰っていたスペインのクラスメイトと目を見合わせた。まっ、いっか。ありがとう、また明日。

信仰心の強いところほど、紛争が激しく、そして貧しいことが多い気がする。神に祈っても助けてくれない。貧困は無くならないし、戦争もなくならない、COVID-19も。貧困から逃れるために神に祈るのか、神を信じて(お布施などで)貧しくなるのか。紛争が多いから、平和を求めて祈るのか、神のために戦うのか。あまり言うと、人格を疑われるのでこの辺で。でもその疑問は残る。

私の価値観を崩した‘経験’

私が教育に興味を持ったのは、このことが大きなきっかけとなった。なぜ、私はいつも議論に参加できないのか、あまりに知らないことが多すぎる。自分のことすら説明できない。日本では少なくとも18歳まで、来る日も来る日も学校で教育を受けているのになぜ?あの12年間は、何をしていたのか?生まれ落ちた場所で、知らない間に受けている教育。さらに、このときから宗教についても考えるようになり、のちに教育学と哲学を学ぶことになる。

このクラスの宗教論争以前、日本でクリスチャンの友人が行く教会について行ったことがある。ミサで説法を聞くけれど、入ってこない。また、別の友人は迷ったときは教会に来て、神に聞くと言う。それは、分かる気はする。でもその対話の相手は、神ではなく自分じゃない?答えをくれるのは自分だよ、と思っても、言えなかった。

宗教については、今もまだよく分からないけれど、かつての日本には、神も仏も生活の中にあった。あるとき、憲法で定められたことで生活の中の信教は見えなくなっていった。でも、日本には、信仰心は今でもきちんと残っていると、いつか、同じことがあれば話したい。

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