その前に、ちょっと考察
この章を書くにあたり、考えてみる。「気ままに生きる」ことと、「経験」の接点について。自分の中でそれぞれは別々の言葉だったけど、二つの言葉の間にどんな関係があるのか知りたくなった。誰かに伝える前に、まずは自分の理解のために。
「気ままに生きる」は、少しでも楽しく生きるために、やりたいことをやる。
「経験」は、これまでの価値観が崩され、新しい価値観を再構築して、新しい自分になる。
生きるための教育は受けて、突然やってくる経験に対処する準備が一応はある。あとは、前触れなく起こる経験を乗り越えて、新しい自分をつくっていく。過去に、経験によって自分が大きくつくりかえられたときのことを思い出した。自分の根幹が跡形もなく消え去ったその経験は、大きく環境を変えたときにやってきた。
「環境を変えて、新しい自分がつくられる」ことは、苦しいけれど楽しい体験、成功体験として自分の中にあるのだと思う。それが私の「気ままに生きること」=「環境を変えること」=「経験」なのかな。
ニュージーランド
大学卒業後、周りに気にかけてもらいながら箱入り状態のまま、就職。レールに沿って進んできたけど、仕事を始めてしばらくすると、ある疑念を抱くようになった。本当にこのままで一生が終わるの?親も子も大変な思いをする、アノ子供時代は何のためだったの?これが人生?全く信じられなかった。
仕事で、楽しいこともあっただろうけど、今では声に出せる過剰残業、ハラスメントなどもそのときは、当たり前のことで、皆がストレスとして抱えながら働いていた。いろんなことが限界に達したころ、退職を決めた。そして、ワーキングホリデーに。
人生の休暇の行き先はニュージーランド。空が広く、空気がおいしかった。大きな自然の中でたくさんの人に出会った。何より私の価値観をガラリと変えた。やっぱり、そこが原点。朝から晩まで気を張り詰めて働いていた私に、人生は自分のためにあって、仕事のためじゃないと見せてくれた。
ワーキングホリデー、賛否両論あるけれど、自分を見失わないのなら、出かけていいと思う。全てを自分で決めて、自分で実行する毎日。人生で初めて「自分、やるな」と思えた。自信になった。周りに気にかけてくれる人がいると、やりたいように出来ないこともたくさんあるけれど、そこから一歩、外に出ると自分しかいない、自分との対話。
自分で環境を選ぶ
人生の休暇の後、もとの世界に戻った。自分の価値観が変わっても、社会は以前と同じで変わらない。心にポッカリと穴が空いたまま、少しずつ元の生活に戻していった。けれど、しばらくすると、また自分を試したくなった。
自分を試すために環境を変えるのかもしれません
環境を変えると色々な経験がやってきます。それを乗り越えると、また新しい自分になるのです。見た目が変わるわけではなく、内面のことなので完全に自己満足です。たまに自分探し?という人もいるけれど、「探さなくても、ちゃんとここにあるよ」とは言わない。そんなときは、そっとしておきます。「そう?かな?」とにこっと笑顔を添えて。
その大きな経験からです。少しずつ、居心地がよくなるよう環境に工夫を始めたのは。楽しいと思える環境で、新しい自分をつくる、それが「気ままに生きる」と「経験」のつながりようです。
経験とは、積み上げた自分の価値観を否定されることなので、それを苦痛と感じる人にはおすすめしません、念のため。